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室町文化

芸能

室町時代には、政治的・経済的に公家を圧倒した武家が、文化的にもその担い手として登場し、禅宗の影響を強く受けた武家文化が、伝統的な公家文化と融合しながら、惣村や都市の民衆とも交流して広い基盤を持つ特色ある文化を生み出した。
また、大陸文化と伝統bんか、中央文化と地方文化、貴族文化と庶民文化などの広い交流にもとづく文化の融合も進み、その成熟のなかから、しだいに民族的文化ともいうべきものが形勢されていった。
今日、日本の伝統文化の代表とされる能・狂言・茶の湯・生け花などの多くは、この時代に中央・地方問わず、公家・武家・庶民の別なく愛好され、その形をととのえ、基盤を確立していったのである。
まず南北朝の動乱期を背景とした南北朝文化がうまれ、ついで将軍義満の時代に北山文化が、将軍義政の時代に東山文化が形成されたが、とくに北山・東山文化は室町文化の二つの頂点をなしている。

南北朝文化

南北朝時代には、全国的に厳しい動乱が続くなかで、時代の転換期に高まった緊張感を背景に、歴史書や軍記物語などがつくられた。
歴史書には源平の争乱以後の歴史を公家の立場からしるした『増鏡』、伊勢神道の理論を背景に南朝の立場から皇位継承の正しい道理を説いた畠山親房の『神皇正統記』、また足利氏の政権獲得までの過程を武家の立場からしるした『梅松論』などがある。
軍記物語では、南北朝の動乱の全体を描こうとした大作の『太平記』がつくられた。『太平記』は、人々のあいだに普及し、後世まで大きな影響をあたえた。
また、「二条河原落書」に風刺されているように、公家・武士を問わず広く連歌が流行し、能楽も愛好されて多くの人々をあつめ、上演された。
また茶寄合も各地で行われ、茶の異動を飲み分けて、かけ物を争う勝負事の闘茶が流行した。